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福岡地方裁判所 昭和50年(ワ)1026号 判決 1978年4月21日

原告 株式会社西日本相互銀行

右代表者代表取締役 大村武彦

右訴訟代理人弁護士 和智龍一

同 徳永弘志

被告 金子鐵臣

右訴訟代理人弁護士 山田敦生

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金五二七万二七九九円とこれに対する訴状送達の翌日から支払済まで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和五〇年七月一九日被告から左記約束手形二通(以下本件手形という。)の取立委任をうけ、取立金を被告名義の普通預金口座に振込むことを約した。

(一) 額面 金五〇〇万円

支払期日 昭和五〇年七月二五日

支払地 東京都中央区

支払場所 株式会社山口銀行東京支店

振出地 東京都千代田区

振出日 白地

振出人 小倉興業株式会社

受取人兼第一次裏書人 西田恒吉

被裏書人兼第二次裏書人 中村義人

被裏書人兼所持人 被告

(二) 額面 金五〇〇万円

支払期日 昭和五〇年七月二五日

支払地 東京都中央区

支払場所 株式会社山口銀行東京支店

振出地 東京都千代田区

振出日 白地

振出人 小倉興業株式会社

受取人兼第一次裏書人 西田恒吉

被裏書人兼第二次裏書人 中村義人

被裏書人兼所持人 被告

2  原告は、昭和五〇年七月二五日右取立委任契約に基づいて満期日に本件手形を支払場所に呈示するとともに、右手形金相当額を被告名義の普通預金口座に受入記帳した。

ところが、同月二六日本件手形はいずれも「取引なし」との理由により不渡返却されたが、被告は、すでに右口座から右取立金相当額金一〇〇〇万円の預金払戻請求をし、原告から右金員の支払を受けていた。

よって、被告は右払戻しにより金一〇〇〇万円の利得をうけ、ために原告は同額の損害を被った。

3  本件手形の不渡返却により、被告は原告に対し右金員を返還すべきである。そこで、原告は被告に対し、昭和五〇年八月一日右金員の返還請求をするとともに、被告が原告に対して有する普通預金債権残高金一五四万八五三六円と対当額で相殺する旨の意思表示をし、右意見表示は同月四日被告に到達した。

さらに、原告は被告に対し、同年八月五日被告が原告に対して有する定期預金債権元利合計金三一七万八六六五円と対当額で相殺する旨の意思表示をし、右意思表示は同月八日被告に到達した。

4  従って、右相殺後の残金五二七万二七九九円を被告は不当に利得しており、その結果原告は同額の損害を蒙ったものである。

5  よって、原告は被告に対し、右不当利得金五二七万二七九九円と、これに対する訴状送達の翌日から支払済まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する答弁

1  請求原因1の事実は認める。

但し、本件手形の「被裏書人兼所持人被告」とあるのは、いずれも取立委任裏書である。

2  同2の事実のうち、被告が形式上金一〇〇〇万円の預金払戻請求書を作成したことは認めるが、その余は争う。

3  同3の事実は争う。

4  同4の事実は否認する。

5  被告が原告に本件手形の取立を委任した事情は以下のとおりである。

被告は、昭和五〇年七月一九日、本件手形の第二裏書人訴外中村義人(以下中村という。)から、本件手形につき「自分には銀行口座がないからあなたの口座で取立にまわして貰いたい。」との依頼を受けたので、同人から本件手形の裏書交付を受け、それらを取立委任のため原告銀行箱崎支店(以下箱崎支店という。)に裏書交付した。

本件手形の満期の翌日である同月二六日午前一一時頃、被告が箱崎支店に本件手形が決済されているか否かを問合せたところ、「手形は落ちて入金になっている。」との応答があったので、中村と共に右箱崎支店に赴き、原告銀行窓口から金一〇〇〇万円を受け取って、直ちにそのまま中村にその全額を手渡した。

その後同支店応接室において、同支店長が被告に対し、右一〇〇〇万円を定期預金にしてくれというので、被告は金は中村のものである旨告げると、支店長は中村に対し、同様の申込をしたが、中村は金は入用だといって断った。

同日午后一時三〇分頃、同支店から被告に対し、本件手形は不渡りである旨連絡があり、被告が同支店に赴くと、支店長は被告に「銀行のミスであった。実は手形は不渡りであったから、渡した金は返して貰いたい。」と言った。そこで、被告はその旨中村に伝えたが、中村は既に手許に現金はないということであった。

以上の事実関係からして、本件手形によって利益を得、これがために原告に損害を被らせたのは中村であって、被告ではない。

三  抗弁

1  現存利益の不存在

前記主張事実の如く、被告は原告から金一〇〇〇万円を受け取って、直ちにそのまま中村にその全額を手渡したものであり、原告もこれを十分に承知していたのみならず、被告と中村との間には何らの債権債務関係もなく、被告は単に好意的に手形の取立委任を受けたにすぎないのであって、被告において、利得した金銭の消失はまったく利得したために生じたものであって、その利得がなければ他の財産を消失することがなかったものであるから、不当利得にいう返還すべき現存利益は全く存しない。

2  禁反言

被告は、原告のなした、手形が決済され被告預金口座に入金されたという表示を信じ、それに基づいて中村に本件手形金相当額金一〇〇〇万円を手渡したものであって、取引安全のため、原告は後になって自己の表示が真実に反していたことを理由として、それをひるがえすことはできない、したがって、原告は金一〇〇〇万円をいかなる名目をもってしても被告に対して請求できない。

3  相殺

(一) 債務不履行に基づく損害賠償債権との相殺

被告は原告に対して本件手形金の取立を委任していたのであるが、原告は受任者として右委任の本旨に従って善良なる管理者の注意義務を果さなかったため、究極において被告が中村に金一〇〇〇万円を交付した結果となり被告に同額の損害を与えたものである。そこで被告は原告に対し、昭和五二年一月一七日の本件口頭弁論期日において、原告の右債務不履行に基づく損害賠償債権をもって、原告の本件不当利得返還債権とその対当額で相殺する旨の意思表示をした。

(二) 不法行為に基づく損害賠償債権との相殺

原告は相互銀行であり手形取立を業として営むものであるから、手形取立の委任を受けた場合、幾度もそれが不渡りとならず現実に決済されたことを確認し、もって委任者に予測外の損害を与えないよう未然に防止する業務上の注意義務があるのにこれを怠り、漫然入金ありとして被告にこれを通知した上、本件手形金相当額金一〇〇〇万円を支払い、被告をして中村に対してこれを交付せしめた結果、被告に同額の損害を与えたものである。そこで被告は原告に対し、昭和五二年一月一七日の本件口頭弁論期日において原告の右不法行為に基づく損害賠償債権をもって、原告の本件不当利得返還債権とその対当額で相殺する旨の意思表示をした。

四  抗弁事実に対する認否

すべて否認する。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1の事実(但し、本件手形の「被裏書人兼所持人被告」とあるのは、いずれも取立委任裏書であること)、同2の事実のうち、被告が形式上金一〇〇〇万円の預金払戻請求書を作成したことは当事者間に争いがない。

二  《証拠省略》によれば以下の事実が認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

1  被告は本件手形の取立委任を受ける一月くらい前に同人の友人の紹介で、中村と知り合った。被告は当時不動産仲介業をしており、そのため中村から高宮にある家を借りて事務所に使うことになった関係で中村と知り合ったもので、中村とは借家人と家主の関係以上の個人的な付合いはなかった。

2  被告は、昭和四七年頃から原告銀行に普通預金、定期預金等の口座を有し原告銀行と取引関係にあったところ、昭和五〇年七月一九日中村より「自分は(本件)手形を持っているが、銀行との取引がないのであなたの口座があれば、それで取立てて貰いたい。」との依頼を受け、好意的に応諾した。そして被告は、右取立の便宜上中村を裏書人、被告を被裏書人とする通常の裏書をした本件手形を中村から受け取り、同日、これを箱崎支店に持参し、被告を裏書人、原告を被裏書人とする取立委任裏書をしてこれを原告に交付してその取立を委任した。

3  被告は、本件手形の満期の翌日である同月二六日午前一一時頃箱崎支店に本件手形決済の有無を問い合わせたところ、「手形は落ちており、入金になっている。」との返事があったので、それから間もなく中村と共に同支店に赴き、普通預金請求書を作成して自己の普通預金口座に取立金として振込まれていた本件手形金相当額金一〇〇〇万円を引き出すため払戻請求手続をなし、右請求手続を経て窓口から払い戻された現金一〇〇〇万円を中村をして直接受領せしめた。

その後同支店応接室において支店長、被告、中村の三人で雑談をし、その際支店長は、被告に対し、右一〇〇〇万円は定期預金にして貰いたいとの申出をし、被告が右金員は中村のものである旨告げると、支店長は中村に対し同様の申込をしたが、同人は、右金員は入用だと言ってこれを断った。それから被告及び中村は同支店を出て別れた。

4  その後箱崎支店長は、右金一〇〇〇万円の払戻当時本件手形が実は不渡になっており入金されていなかったこと、しかるに同支店行員が右入金の有無をコンピューターで調査した際その操作を誤ったため、入金した旨の誤った調査結果が出たこと、同支店行員がその誤った調査結果に基づいて被告に対し「入金した」旨回答し、次いで被告の金一〇〇〇万円の払戻請求に応じてしまったことを知り、同日午後一時三〇分頃、被告にその旨連絡して同支店に被告を呼び、金一〇〇〇万円の返還を請求した。被告は直ちに中村にその旨連絡したが、中村は既に右金員を他への支払にあててしまっており、返還をなさなかった。

5  その当時、被告と中村との間においては、前記1のとおり借家人と家主という関係以外には決済をなすべき特段の債権債務関係はなく、従って、右一〇〇〇万円をもって被告が、中村に対する債務を決済したという事実も全くなく、また、被告が中村のために本件手形の取立をしてやるについて、謝礼の収受ないし、収受の約束をしたこともなかった。

三  以上の認定事実によれば、原告と被告との間に、本件手形金の取立委任契約と停止条件付預金契約が成立したが、本件手形が不渡となったため預金契約は条件の不成就により不成立に終り、被告の右預金契約に基づく本件手形金相当額金一〇〇〇万円の普通預金口座からの払い出しが法律上の原因を欠くにいたったこと、このために原告が右金員と同額の損失を被ったことが認められる。

そこで次に、被告が不当利得において返還義務者とされる受益者に該当するかどうかにつき判断するに、原告に本件手形の取立を委任し、自己の普通預金口座に振込まれた本件手形金相当額金一〇〇〇万円につき払戻請求をして払戻を受けたものは被告であるから、右取立委任及び払戻請求が中村の依頼によってなされたものであり、払戻を受けた金員が直ちに中村に交付されたとしても、それは被告と中村との関係にとどまり、被告は原告の財産により利益を受けたものに該当するものと解すべきである。けだし、不当利得における受益者とは利益が事実上帰属した者のことであるが、被告が単なる名義人でも中村の代理人として行動したのでもなく、預金者という独立した自己の法律的地位に基づいて右金員の取得をした以上、それに至った動機はともかく、受益者と解するのが相当だからである(勿論このことは、中村もまた受益者であることを否定するものではない。)。従って、被告は受益者でない旨の被告主張は失当である。

そこで次に、被告の受けた利益が現存するか否かを検討すると、被告が払戻を受けた金一〇〇〇万円が右払戻後直ちに中村に交付され、被告の手許に残存していないことは前示認定のとおり明らかである。一般に、金銭による利得の場合は、金銭の融通性からして、法律上の原因がないのに取得した金銭を消費しても、通常はその金銭がなければ他の金銭をそれに充てたとみるべきであるから、金銭による利得は現存するものと推定される。

しかしながら、前示認定によれば、金一〇〇〇万円の取得は右金員を中村へ交付すること(被告としては右金員を喪失すること)を目的としてなされたものであり、逆に言えば、金一〇〇〇万円が取得されたからこそ中村への交付(被告の喪失)がなされたのであって、右取得と喪失は密接不可分の関係にあったものである。そして、それ以外には、当時被告において中村に対し出捐をなすべき事情は全く認められなかったのであるから、右一〇〇〇万円の取得がなければ、右金員の喪失がなかったことは勿論、被告が他の財産を消費・喪失することもなかったこと(換言すれば、右金一〇〇〇万円の喪失は、被告の他の財産の貯蓄ないし支出の減少に寄与したものでなかったこと)は明らかである。従って、被告が返還すべき利益は全く現存しないものというべきであり、この点についての被告抗弁は理由がある。

四  してみると、原告の本訴請求は、その余の点を論ずるまでもなく失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 川井重男)

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